”見える”生徒と”見えない”生徒がいる。

考えごと

新しく教える内容は、まず解説して、板書してもらい、問題を解いてもらうという普通の流れを踏みます。

その内容をそのまま使えばいい問題(数字を変えただけなど)を解いていればその内容は習得できます。

しかし、内容によっては、見たことない式をしていてもその内容をうまく駆使すれば簡単に解けるものを同時に習うことがあります。

こういうものは、あえて一部説明を省いて生徒を観察するフェーズへと移行することがあります。

例えば、中1の1学期であれば、「分配法則」という言葉を習います。

小学校までであれば、( )の中を計算してからかけ算しましょう。と教えられるのかもしれませんが、実際はかけ算してから足したり引いたりしてもいいんだぜ。というものです。(小学校で教えればいいのに

大体どこの教材にもこのような練習問題になっています。

(1)(2)は数字を変えただけの問題です。分配を身につけるための問題の設定です。(3)だけ毛色が違いますよね。

こうです。

要は、99×34をそのまま計算するのはしんどいけど、99=100−1とみて分配法則を利用すれば、暗算でもできるよね。というものです。

このように、ただ数字を変えただけでなくうまく式を変形して解いてみよ、といったものを授業の準備段階で見つけた場合には、一部説明を省いて直接やってもらったりします。

「(3)がわかりません、筆算してもいいですか?」という生徒は少なくありません。一方、解説なしで(3)のようなものまでスラスラ解ききって、涼しい顔できる生徒もいます。

前者は、ただ筆算する問題でないことは推測できるのですが、今習ったことを使うためにどうすればいいかがわからないんです。(今習ったことを使うということも頭から消えてしまう生徒もいます)

でも、後者は今習ったことを利用する気持ちがあるだけでなく、まず99=100−1というふうに”見えています”。

前者でも後者でもどっちでもいいんです。前者なら、「”見える”ようにさせるためにしっかり訓練させなければいけないな」と確認します。

後者なら、「そこまで一つのことに時間を使いすぎずに、多くの応用問題まで早く着手できそうだな」と確認できます。わかっている問題ばかりをさせられるのは苦痛でしょうからね。

生徒がどこまで考えられるかを見るために、説明を一部省いて確認することがあります。というお話でした。

こういう問題を「生徒の脳みそ見える問題」と名前をつけています。

嘘です。今、思いつきました。

ちなみに私は前者です。

どうでもいい話なのですが、このブログに使った写真は全てフォトライブラリというフォルダにしまわれます。

昨日、なんの気無しに「もういらないかなぁ」とフォトライブラリの中の写真をポチポチ削除するという必要のない作業をし始めてしまったのです。

削除してしまった画像は、過去に書いたブログ記事の画像からも削除されるのですね。(当たり前)

たくさんの記事でアイキャッチ画像が「No Image」となり、激しい後悔に襲われました。

結局ね、”見えてない”んですよ。私も。削除したらどうなるのか、疑いもしていなかったのです。

とりあえず、過去の授業日程の記事は「もう必要ないだろう」ということで削除しました。

一つ勉強になりました。

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